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吾妻ひでお『ななこMYLOVE』より
ななこ進化表

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黄色い肌に黒髪の 紅を引くのは誰の為

西田藍

黄色い肌に黒髪の 紅を引くのは誰の為

西田藍

半分自分用の備忘録を作りました。
http://i-chalotteblue.hatenablog.com/

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『すみれ光年』~『さまよえる成年のための吾妻ひでお』を手に取る前に

精液の海に沈んでいく少女。

私はまだ入手していないが、エキサイトレビューに吾妻ひでおの『さまよえる成年のための吾妻ひでお』記事が出た。
収録作品はほとんど持っているので、あわてて購入することもなかろうと構えていたのだが、

さて、「ハリウッドさん。映像化不可能とはこういう事です」とぎょっとする解説がされている、この本のトリとして掲載されている『すみれ光年』と言う作品。
読んだことない人はこれ、是非読んでください。本気で映像化不可能。
1982年に描かれた、マンガのマジックを見られます。


という一文を見て選集自体は未読にも関わらず慌てて筆をとった。

『すみれ光年』は、いちばん、精液のにおいがする作品だ。
そんなの知らないはずなのに、まとわりつくような、ずっとまとわりついてくるような、そんな感覚があった。しばらく、気持ちが悪くなったのを覚えている。
選集にも掲載されている、『鎖』のような汗のにおいではない。
他の吾妻作品に出てくるような、無臭の美少女たちではない。

以下、『すみれ光年』の内容に言及する。
(『すみれ光年前史』という作品も合わせてあるのだが、あえてそれには触れない)




***
少女は学校の昼休み、校庭で唐突に異世界へ飛ばされる。
光景は元の世界のままだが、人間はひとりもいない。
そして、全ての「モノ」が「モノ」ではなくひとつひとつの生物だった。
この世界、そしてその生物は人間を奉仕するために存在する。
全てのモノにはペニスが生えており、少女はまず自転車にレイプされる。
破瓜した少女は多少知能が高いボールと出会い、上記の説明を聞くのだが、ボールも性交を求める。
その生物は人間と性交し射精することによって増える。もっと増えて人間に奉仕がしたいという。
少女は逃れることもできず、道路、電柱、家、水や食べ物にいたるまで、常にあらゆるモノと性交することになる。
少女に射精し子を増やす、モノ。人間のための世界なのにどうして人間はいないのかと少女は問う。
寝室にいた男と性交するが、その男も人間ではなくあの生物だった。
走りだす少女。せまりくるたくさんのペニス。逃げることはできない。
放心した少女の顔。

***

その生物は、人間と性交し射精することによって自ら分裂し、増える。
少女はただの器になる。なにも生み出すことはない。
生殖の役に立たない異物の精液だけが体内に満たされていくのだ。
そしてあらゆるモノとつねに性交し続けなければならない。増え続けるモノ、世界。溢れ出る精液、少女の身体はその世界と一体となる。
無機物、モノと生物との性交は筒井康隆『虚構船団』を思わせる。無機物の性のにおいは共通項があるのではないか、いや、こちらは様々なモノの形をした同種の生物だが。
現実性は全くない物語にかかわらず、強烈な不安感に襲われる。
不条理と絶望がにおいと共にまとわりつく感覚、これは、たしかに映像化不可能だ。
吾妻ひでおの絵だからこそ、このにおいは伝わるのだと思う。

(西田藍)

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これからも、たぶん、きっと。西田藍

これからも、たぶん、きっと。

西田藍

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触れてほしかった?
西田藍

触れてほしかった?

西田藍

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NNNドキュメント「日本の性教育 セックスをどこまで教えるか」

NNNドキュメントを見た。テーマは性教育だ。

00年代前半。「過激な性教育」バッシングの渦中で、ちょうど義務教育を受けていた。
ちょうどその時期、ネット上でも、性の低年齢化を嘆く、いや煽るような文章がポルノ的に消費されているのを目にした。明らかにデマである、とある性の低年齢化を表す文章の初出を調べてみたことがあるが、ちょうどその時期と合致していた。
私は、91年生まれである。
寝た子を起こすな。よく言われる言葉だ。
地域、学校によって受けてきた教育は異なる。しかし、私はよく十把一絡げにされる今時の若者の一員。私達は、教育によって起こされたのか?「不適切な」「早すぎる」性への好奇心を刺激されたのか?

話は逸れるが、私が不適切な性情報を得た、いや、得てしまったのは、本屋である。ゾーニングの緩い時代。表紙も過激なポルノ雑誌は児童向け書籍コーナーから遠くない位置にあり、幼かった私に強烈な印象を残したのは、幼い子供が性的に興奮しているイラストの表紙である。大人の女性ではなく、自分と同じような幼い子供が煽情的に描かれていたそのときの衝撃は、いまでもはっきりと覚えている。
このように、「不適切な」、あくまでフィクション、ポルノとして作られた性のイメージ、情報は求めずとも入ってくる。保護者がいくら気をつけようとも、無菌状態で育てるのはほぼ不可能だろう。痴漢やつきまとい、声かけといった性被害から、性に触れた不幸な子供、大人になって気づき、更に傷を深めた人も多いだろう。

前置きが長くなった。
番組は、母親たちが教える、「いのちの授業」から始まる。
性交渉についても、直接的で、いくつかの教材は正直悪い意味でドキッとした。
しかし他の教材や、同じような内容について述べたドイツやスウェーデンの教材を見ると、イラストもやさしい雰囲気で、センシティブでシリアスな内容だからこそ、デザインの重要性を感じた。

そして話は、例の2005年の国会、山谷えり子議員の質問が発端の、発足された過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチームへ。その調査や、槍玉に挙げられた教材を見て、正直、中学生だった当時の私は、「過激だ」と眉をひそめた。いわゆるバックラッシュ報道を真に受けていた者の一人である。
自民党の山谷えり子議員は、婚前交渉に否定的だ。
結婚まで貞操を守るという考え方それ自体は否定されるべきものではないと思うが、その思想を公の教育に反映させてもいいのだろうか。正しい情報が与えられ、それこそ、自分の身体は自分のものであるという意識を持つことができて、はじめて、選択できるものではないだろうか。性交渉を持つかどうか自分で決めるというのは、安易な性交渉を助長させるというのは誤解だと思う。そうしてはじめて、性交渉しない自由を持つことができると思うのだ。

三重県いなべ市の性教育への取り組み。
産婦人科医の川村氏による課外授業。本課ではないので、文科省の学習指導要領に縛られることもない。
しかし、確実な避妊法であるが認可も遅く社会的に忌避感情も高かったピルや、性感染症の写真を中学生に見せ教育することに教師も戸惑う。「リスクを教えることは、方法を教えることではない。正しいことを教えれば、子どもだって理解する能力がある」と川村医師。
いなべ市でも以前、性教育バッシングがあり、不安があるという。
どういう方から批判があるのかという質問には、「たとえば、偏った教育をしているのではないかと言われる方々」と言葉を濁していた。
そして中学校で行われた川村氏の性教育講座。
「今日は最初から最後までセックスの話です」笑う生徒たち。しかし望まない妊娠をきっかけに起きた事件の話から、生徒の顔は変わっていく。性感染症、避妊、子宮頸がん、そして、心と体の暴力、デートDV。愛と暴力は違うということ。締めくくりは、心の健康。自分を大切にすること、そして、相手を大切にすること。
講座後、打ち合わせの時は曇りがちだった教師の顔は笑顔になっていた。子どもたちの感想が全てですから、と。

秋田県でも、医師による性教育講座が年間60の中学校・高校で行われている。かつて全国平均を大きく上回っていた10代の人口妊娠中絶率が、講座を始めてから低下し、今では大きく下回っている。効果ははっきりと出ている。
「正しい知識を持っておくことは決して悪いことではない」と講師を務めている高橋氏。

30分の番組であるが、親、教師、医師の取り組み。子ども自身の捉え方。
性教育バッシングの発端、当時の国の方針。バランスよく盛りだくさんの内容であった。

避妊法を教えることによって、安易なセックスに走るという考え方は、裏を返せば、妊娠するかもしれないという恐怖で女性の貞操を保たせようとしているわけで、それはFGM(女性器切除)と同じ発想ではないか。女性は悪魔と通じる存在ではない。それにしても、ピルや子宮頸がんワクチンへの忌諱意識はどこからくるのであろうか。女性の性/女性器を悪魔的なものとし、性感染症や望まない妊娠、がんをまるで「望ましくない」女性への制裁と捉えているようだ。
また、妊娠出産のコラムや雑誌を読むと、女性は<自然>に分類される存在で、未だに子宮は呪術性を持たされているのだと感じる。女性は子宮に支配され、再生産の為に生きる、動物的存在。ピルや子宮頸がんワクチンを正しい知識もないままに恐れる意識も、そこから来ているのかもしれない。

あるべき姿、正しさへの執着。今よりも虐待や性暴力が看過されていた時代を思う。
私はひとつひとつ取り組んでいった先人たちに感謝している。そして自分自身も、それに立ち向かっていかなかければならないと、強く思っている。

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もっと近くに
西田藍

もっと近くに

西田藍

次回に続くって書くと続かないからもう使わない

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まだ咲きたかったんです

西田藍

まだ咲きたかったんです

西田藍

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ミスiD2014前夜祭〜明日のアイドルの話をしよう会議〜


<ミスiD2013>
塚本波彩・木下綾菜・玉城ティナ・大場はるか・夏江紘美・西田藍

ミスiD2014前夜祭〜明日のアイドルの話をしよう会議〜


<ミスiD2013>
塚本波彩・木下綾菜・玉城ティナ・大場はるか・夏江紘美・西田藍

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日記:ミスiD2014前夜祭

「〜させていただく」の多用はスマートじゃないとわかっていても、つい使ってしまう。
「あわわ、私なんかが・・・申し訳ないですううううでも嬉しいですうしんじゃうますう誠に有難く存じますう(最!敬!礼!)」という乱れに乱れた気分のとき、どう書けばいいのかわからないのだ。結果、「させていただく」に落ち着くのだが・・・、やはり、多用は美しくないので、心の中で最敬礼しながらシンプルに記述しようと思う。

以上前置き。
ミスiD2014前夜祭〜明日のアイドルの話をしよう〜と題された一大イベントに、ミスiD2013として参加した。

ミスiD2014前夜祭公式

私は妄想制服ステージを披露することになった。しかし正直不安でいっぱいだった。ミスiD2013の4人に、私の制服を着せ、それに合わせた詩を朗読するというもの。(なささんは出番の関係でできなかったのが残念だったが)多方面で活躍している彼女らをモデルにできるという、ありがたすぎる機会に震え、人気のアイドル達の合間に披露するという恐怖にも震えつつも、地元九州で黙々と制服をスタイリングしていた。

当日は、ミスiD2013、ファイナリストの方々との久々の再会に盛り上がった。集まるのは昨年夏以来である。それなのに、それぞれ異なる個性を持ちつつ、なんだか馴染む。
彼女らの輝きは、ラメではなくパールだと思った。ギラギラではなく、キラキラした、輝きである。元来根暗である私には、その美しくも優しい輝きがとても心地よかった。とはいっても、リハーサル後の時間は、また恐怖と不安に襲われたのだが。
ずっと楽屋を歩いていた。
アイドルのステージを舞台袖から覗く。熱気。
ファンの方々の、熱気。
退散。
ずっと楽屋を歩いていた。
(次の日、筋肉痛になった。運動不足すぎる)
時間が来て、またもや舞台袖から覗く、熱気。
大森靖子さんの歌に震え、そして。

・・・

観客の皆さん、優しい拍手を、本当にありがとうございました。

(あ、大森靖子さんが、道重さゆみさんファンって知って、嬉しかった)

うーん! 放課後のあの子

西田藍

うーん! 放課後のあの子

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いじわるな 女の子

西田藍

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西田藍

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うそつきな 女の子

西田藍

うそつきな 女の子

西田藍